資料[2]


日本国国旗


[図名]
日の丸

[連立方程式]
W=|0.7*X-Y|+|0.7*X+Y|-5
Z=(X+0.07143)^2+Y^2-1.5^2
W*Z=0

[方程式の座標系]
直交座標系

[方程式の座標変数]
X,Y

[色]
W=<0, Z>0 で白、Z=<0 で赤。

[方程式の軌跡]
方程式 W=0 の軌跡は白の外縁
方程式 Z=0 の軌跡は赤と白の境界線。





下の文章はネットからの抜粋です。僕(LOOT)もそう思います。

中国・韓国の「過去」を利用しての内政干渉は日本を食いものにする為の
単なる外交カードの一つにすぎず、そんなカードにいちいち反応する事は
ありません。

「天皇」は軍閥に利用されただけであり、その当時は国民の世論も
「戦争をするべき」という方向に傾いてました。

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「君が代」

1999年8月13日より施行された「国旗及び国歌に関する法律」によって
法的に国歌と認められる。

醍醐天皇の命令により紀貫之らが編集した古今和歌集の巻七、賀歌
(がのうた)にある読人知らずの歌。

この歌での「君」の使われ方は「あなた」という意味。

そのメロディーは1880年(明治13)、一等伶人(楽人)林廣守の撰によって
伶人奥好義が作った。

そしてさらにそれを海軍軍楽教師フランツ・エッケルト(ドイツ)が吹奏楽に
編曲し、現在の「君が代」となる。

この年の11月、明治天皇の誕生日(天長節)を祝って宮中において
初めて演奏された。

教科書に掲載されるのは1881年(明治14)文部省音楽取調掛発行の
わが国初の音楽教科書「小學唱歌集初編」(大日本図書株式会社刊)で
歌詞は1、2番であった。

天皇をたたえる歌として入学式、卒業式など歌うことを拒む人もいる。

実際はそういう意味ではない。

もともとの意味にそのような意味は含まれていない。

だが戦前においてそういう意味であるとして教育が行われていたことも事実。

ただ、利用されたというだけで、この歌自体に罪は無い。


*「君が代」歌詞1番

 君が代は ちよにやちよに さざれいしの 巌となりて こけのむすまで

 うごきなく ときは かきはに かぎりもあらじ


*「君が代」歌詞2番

 君が代は ちひろ の底の さざれいしの 鵜のゐる磯と あらはるゝまで

 かぎりなき みよの栄を ほぎたてまつる


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「靖国神社参拝」

靖国神社は東京九段坂上にあり、その起源は明治2(1869)年創建の招魂社で、
明治12(1979)年、靖国神社と改称されました。

この靖国神社は、幕末の国事殉難者・戊辰戦争での官軍(新政府軍)戦没者、
そして、明治以降の戦没者を護国の英霊として合祀する神社で、終戦迄の祭神
(英霊)は実に240万柱を数えます。


靖国神社の臨時大祭には天皇自らが列席しました。

靖国神社の祭神は「英霊」(彼らは戦前の天皇制から見れば「臣民」、
つまり「天皇の臣下」)です。

通常、天皇は伊勢神宮等、「皇祖神」(皇室の祖先神)を祀(まつ)る神社へ
しか参拝しない事を見ても、この靖国神社参拝は極めて「異例」な事なのです。

そして、この事は天皇自らが「国家元首」(つまりは「公人」の立場)として、
「国家の為に殉じた英霊」を鎮魂する為の参拝であった事を物語っている
のです。

靖国神社に祀られている「英霊」は志願兵もいたでしょうが、その多くは
先の大戦において、通称「赤紙」と呼ばれた一枚の召集令状で徴兵され、
そして戦地で露と消えた人々なのです。

つまり、彼ら英霊の多くは国家(軍)の命令で徴兵され、そして戦没した訳です。

その英霊を鎮魂する為に、現職閣僚が靖国参拝をする事のどこに
非難されるべき点があるのでしょうか?

首相以下閣僚−内閣とは日本の政治を国民に代わって実際に執行する
「日本国の代表」です。

その彼らが日本の為に戦没した英霊を「日本国の代表」として鎮魂する事の
どこに非難されるべき点があるのでしょうか?

首相以下閣僚は「公人」の立場で参拝すべきで、そうあってこそ始めて
国家の為に殉じた「英霊」を鎮魂する事が出来ると思うのです。






[題名] (無題) [投稿者] 隅切り角 [投稿日] 2005.7.7(木)


6日に来日した太平洋の島国パラオの大統領のコメント

靖国参拝について
『すべての人のために祈るのは正しいこと』

A級戦犯とされた人が合祀されていることに関して
『多くの人が生きている間に過ちを犯す。だが死後の魂は
安らかな場所におかれるべきだ』


中国・韓国からの批判に関して
『生きている人間の間で善意の交流を推進するべきで、
過去に集中すべきではない』





[題名] (無題) [投稿者] sox [投稿日] 2005.7.14(木)


物事には三つの要素がある。

ひとつは自分の見解。
もうひとつは相手の見解。
そして最後のひとつは事の真相。

誰もが皆、事の真相を自分の見解にしようとするから、本当のことがわからなくなる。
事の真相は消えて無くなる。

残った二つの要素は争いを生むだけ。





[題名] 新しい [投稿者] SAS [投稿日] 2005.11.10(木)


国立追悼施設を作りたいだと?税金を無駄使いするな!って思う。
バカな政治家が国を売るように媚びを売り、アホ面並べてテレビで喋ってやがった。


「私は15年間、靖国神社に祀られていた身分です。
 そのままだったら今の日本の姿を知る由もなかった。
 国が靖国を護持しないというのなら、それは私たちに対する借金を返さず、
 未納のままだということです。

 また別の施設を造るということは私たちに対する裏切り行為です。
 とても許されることではありません。

 靖国参拝は当たり前のことであって、あれこれ言う人はもうどうでもいい。
 いやなら参拝は結構だと言いたい。

 そもそも、いろいろなわだかまりがあったから戦争になったのであって、 それを
 わだかまりがないという方に無理があるんですから、綺麗事はどうでもいいのです。

 A級戦犯が祀られているから、という意見を言う人もいますが、あの裁判は占領中に
 行われたことであり、 彼らはその中で命を落とした人たちなのです。

 日本人は亡くなった人に対してそれ以上の罪を憎まないという習慣がある。
 しかし、中国では死んだあとでも 罪人のままで、墓まで暴かれてしまいます。
 その中国の価値観をわれわれが受け入れなければならないのでしょうか。

 一度黙って静かにお参りしてみたらどうですか。
 戦争で死んだ人は若い人が多かった。
 肉親が元気な内は手厚く祀ってもらえるが、肉親がいなくなったあとに
 祀られる場所は靖国しかないのです。

 戦争は国がやったことですから、その責任を国がとるのは当たり前のことなのです。」



あの小野田寛郎さんの言葉。噛み締めろってんだ。