「北代 色(きただい いろ)さんが、はじめて書いた手紙」
「部落差別と宗教」(文 川内俊彦) からの抜粋
わたしは、うちがびんぼうであったので、がっこうへ
いっておりません。
だから、じをぜんぜんしりませんでした。いま、しき
じがっきゅうでべんきょうしてかなはだいたいおぼえま
した。
いままで、おいしゃへいっても、うけつけでなまえを
かいてもらっていましたが、ためしにじぶんでかいてた
めしてみました。かんごふさんが北代さんとよんでくれ
たので、大へんうれしかった。
夕やけを見てもあまりうつくしいと思はなかったけれ
ど、じをおぼえて、ほんとうにうつくしいと思うように
なりました。
みちをあるいておっても、かんばんにきをつけていて、
ならったじを見つけると大へんうれしく思います。
すうじおぼえたので、スーパーやもくよういちへゆく
のもたのしみになりました。
また、りょかんへ行ってもへやのばんごうをおぼえた
ので、はじをかかなくなりました。
これから、がんばって、もっともっとべんきょうを
したいです。
十年ながいきしたいと思います。
四十八年二月二十八日 北代 色
高知県土佐清水市の小さな同和地域に生まれた北代 色さんが、70歳近くになって識字学級で文字を習い覚え
生れて初めて知人の方に差し出した「手紙」です。
北代 色さんはそれから10年ののち、1983(昭和58)年の5月12日に亡くられています。